夜の方舟(第1部)

夜の方舟(第1部)

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「……主文、被告人を無期懲役に処する」  裁判長の言葉に、はっとして律は顔を上げる。  傍聴席には軽いざわめき。「無期?」「強盗殺人か」ささやき合う声に耳をそばだて、寝ぼけた自分が主文を聞き間違えたのではなかったことを確認してから手元のメモ帳に「無期」と書き殴った。  被告席では...
夜の方舟(第1部)

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貴重な休日の昼間を費やして、「DNG」なる団体について得られた情報はあまりに少なかった。  母から告げられた「DNG」というのはあくまで略称で、正式にはDoor for Next Generationsというらしい。まるでベンチャー企業や自己啓発セミナーのようなネーミングだという...
夜の方舟(第1部)

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すっかり動転している母親から意味のある情報を得ることは難しかった。というより、両親もまだ、陸がマンションを引き払っていなくなってしまったことと、突然届いた手紙の内容以外には、なにひとつ確かなことは把握していないようだ。  律自身についてはまだ冷静な気持ちでいたのだが――それはつま...
夜の方舟(第1部)

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陸がいなくなった。耳にした瞬間は、いかにも母親らしい、いつものオーバーリアクションだと思った。  一卵性双生児の陸は、母の胎内から出てきたのが先であることから戸籍上は律の「兄」で、松江家の長男である。  姿かたちはよく似ている二人だが性格はずいぶん違っていて、温厚で落ち着いていて...
夜の方舟(第1部)

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|松江《まつえ》|律《りつ》は、はっとして目を覚ます。  鼓動が激しくて、自分がつい今まで夢の中にいたことを自覚するまでいくらかの時間がかかった。汗ばんだ肌にじっとりと張り付いたシャツ。  顔を上げるとエアコンの羽根が閉じている。自分でも気づかないうちにタイマーを設定していたよう...