羽多野がどんな顔をして、何を見ているのかわからない。どこに手を伸ばし、どこに触れようとしているのかも一切知ることのできない異常な状況はなぜか栄を昂らせる。
「……っ」
ひんやりとした手が、緊張でこわばった腹を優しく撫でる。後ろから抱きすくめ、羽多野は次にどう動くつもりなのか。その手を上に滑らせスウェットの下でまだ縮こまっている乳首を摘むのか、いや、もしかしたら胸は後回しにしてすぐに下腹部を侵略するつもりだろうか。少しでも心の準備をしようと栄は必死に記憶を探る。
過去に羽多野に抱かれたときのことを呼び起こして、実際の動きに重ねる試みはなかなか上手くはいかない。だって彼はこれまで栄の下腹部に手を伸ばせば決まって指先を茂みに差し入れてきた。気まぐれに隠毛の束をつまんで引っ張り、痛みと快楽あいまった刺激にもだえる栄を面白そうに眺めていた。しかし、今ではまるで事情が違っている。
「どうした? また震えたぞ」
指先で先端を弾かれて、想像だけで自分のペニスが上を向きはじめていたことに気づく。指摘されれば嫌でもそこに意識が集中し、不本意ながらも勃起は角度を鋭くする。
「視界を奪われるのも、たまには面白いだろう?」
口ぶりだけで、羽多野がすっかりご機嫌であることがわかる。人の体をこれだけ好き放題しているのだから楽しがるのも当たり前なのかもしれないが、栄からすればちっとも面白くはない。
「あなたが何をするかわからないから、怖いだけですっ」
ふうん、と笑いを含んだ囁きが耳たぶをくすぐる。
「怖いっていうよりは、興奮してるみたいだけどな」
「な……っ」
腕を振り回そうにも拘束されている。蹴り飛ばそうとしたところで動きを利用して今度は仰向けにさせられた。左右に脚を開かされれば、例え見えていなくともどこを凝視されているのかは想像できる。
「嘘みたいだな。君のここが、こんなに」
指摘されて身体中が発熱する。もじもじと膝を閉じようとするが、脚のあいだに体をねじ込まれているので困難だ。
「黙れ」
せめてもの抵抗の言葉も、まともには受け止めてもらえない。それどころか、敏感な場所に熱い何かがかすめ、栄は羽多野が息のかかるほど近くで自分の勃起した性器をじっと眺めているのだということを思い知らされた。
「どうして? 似合ってる。大きさも長さも、形の良さもずっとよくわかるのに」
「そんな馬鹿にするみたいな言い方」
「馬鹿になんてしてない。谷口くんが隅々まで魅力的だって言ってるんだ。俺がどれだけ興奮してるか、わかるだろう」
太腿に熱くて硬いものを強く押しつけられて、腹の奥の方がきゅんとした。恥ずかしいし情けないが、栄はもう、あれに穿たれ、敏感な内側を擦られるとどうなるかを知っている。頭でいくら否定したところで体はすでに期待しているのだ。
だが、そのまま挿入とはいかない。次の瞬間、脚の付け根に熱く濡れた柔らかいものが押しつけられた。
「う、あ、ああっ」
まずは鼠径部のくぼみを舌でくすぐられ、びくんと腰が跳ねる。ペニスも腹にくっつかんばかりに反り返り、先端がしとどに濡れる。
「やだ、舐めるのは嫌だって……」
そんな言葉でやめてもらえるはずなどない。羽多野の唇、そして舌は邪魔なもののを取り去った場所を確かめるように、無防備で敏感な皮膚を味わった。
栄は過剰な刺激を散らすように首を激しく左右に振る。嫌なのか、嫌じゃないのか、本当はよくわからない。所有の証を刻むように昨晩この体に剃刀の刃を滑らせた男は、今どんな顔で、どんな情熱で舌を這わせているのか――想像すると体の熱はどんどん上昇した、
手でぬるぬると陰茎をあやしながら、ひくつく陰嚢を揉み、吸い、羽多野の舌はさらに下へ。前にされたとき嫌だといったのに、また最奥の襞を口唇で愛されてしまう。唇で味わって、舌で味わって、それから?
「あ、ああ、羽多野さんっ、んんっ」
「わかる? もうぬるぬるしたのがここまで流れてきてる。谷口くんの味がする」
自分の体が濡れやすいというのも、羽多野に指摘されるまで知らなかったことのひとつだ。ほとんど比較対象を持たずにきたし、こんなふうにどろどろにされた経験などなかった。だが実際にこの男の手にかかればいとも簡単に性感は昂り、ペニスの先端からあふれるぬめりは後孔を潤すに足りるほどになる。
「舐められるのは嫌? ここはもう、こんなに吸い付いてるのに。だいぶ慣れてきたのか、前よりすぐ柔らかくなる」
「嘘だ。嫌……あっ」
「嫌? だったらもっと口で愛されるのと、別のもので愛されるの、どっちがいい?」
答えを求めるように羽多野は指先でくるりと縁をなぞった。求められている答えはどっちにしたって恥ずかしいものだ。だがどう返事をするにしろ最後は揺さぶられる。だったら早く終わりを見た方が――いやそんなの嘘。栄はただ、もう、すぐに欲しいのだ。
「言えよ。君の言葉で聞きたい」
返事をためらっていると、先を促すように羽多野がちゅっと音を立てて会陰にキスをする。きっとあの、誰も知らない場所にあるほくろに口付けられたのだ。
これ以上濃厚な前戯を続けられれば頭がおかしくなってしまう。だから栄は不器用に脚を動かし、太腿に触れた羽多野のペニスを擦り、ねだった。
「――は、早く終わらせろ。あなたのこれで」
「よくできました」
満足げな言葉とともに再び腕を引かれ、抱き起こされる。
後ろから膝に抱き上げられたのがわかった。腿に触れていた熱く硬いものが今度は裸の押しつけられ、栄の両脚は立て膝のようなかたちでぐいと左右に開かれる。こんな姿勢は恥ずかしいに決まっているが、後ろから抱かれている限り羽多野に表情や動きを見られないことは救いだった。
導かれるままに腰を浮かし、十分慣らされて開きかけた場所に先端を押しつけられた。
いつだって最初は少しだけつらい。ぐいと押し開かれ、一番太い部分が入るまで。だが、張り出した部分が前立腺に届けば恐怖も痛みも忘れてしまう。
「……っ! あ」
怖いくらいに体が反応する場所。まずそこを抉れば栄の体の緊張が解けることを羽多野も承知している。それと同時に、あまりやりすぎると栄がすぐに達してしまうということも。
「奥まで入れるよ」
浅い場所で終わってしまうとたまらないとばかりに、羽多野は先を急ぐ。前立腺のような強烈な刺激とは異なり、奥を突かれる快楽はじわじわともどかしい。しかし抽送を繰り返すたびにゆるゆると高い場所まで持ち上げられて、最終的には強烈な波に意識すらさらわれてしまうのだろう。
「ま、待って、もっとゆっくり」
「いつもは俺が遅いって文句ばかりなのに、今日はゆっくりでいいのか?」
いつもと違う姿勢に戸惑う栄を羽多野はあやし、からかった。
「そういう意味じゃなくて、あ、駄目っ」
座った姿勢ゆえに自重がかかれば普段より簡単に深い場所まで飲み込んでしまう。太く長いものを一気に根元までおさめて、奥まで押し開かれる感覚に栄はひゅっと息を飲んだ。
「駄目じゃない。根元まで全部飲み込んで、もう俺の形になってる。いっぱい飲み込んで、うまそうに頬張って、ほら」
軽く揺らされて、いやらしい言葉。でも、そんなのはただの出任せだ。
栄の背中はぴったりと羽多野の胸にくっついていて、この体勢では繋がっている場所が見えるはずはない。だから――見えていないならきっと――飲み込めない唾液が唇の端を伝っても、大きく開いた脚の間がみっともなくあらわになっていたって大丈夫。栄は自分にそう言い聞かせた。
「ん、あっ、……あ」
正常位や後背位でピストンされるのとは違う。深く飲み込んだままで揺らされるのはもどかしい反面、これまで意識したことのない場所の感覚がどんどん鋭くなっていくようだ。栄も、きっと羽多野も普段とは異なる体位でのセックスに溺れた。
そして――ふいに目の前がぱっと明るくなった。