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4. 尚人

男の視線はあまりに|不躾《ぶしつけ》で侮蔑的で、もしその場に優馬がいなければ我慢できず逃げ出していたかもしれない。だが、子どもながらに雰囲気の悪さはわかるのだろう、はらはらとした表情でこちらに視線を向ける優馬を前に、とてもではないが取り乱したところを見せるわけにはいかなかった。「あの、失礼ですがあなたは……」
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3. 尚人

順調に仕事を終え、その日最後の訪問先である笠井優馬宅の最寄駅には約束よりも二十分早く到着した。家庭教師にとって遅刻はもちろん厳禁だが、逆に早く着きすぎるのも相手の迷惑になってしまう。駅そばのコーヒーショップで飲みたくもないコーヒーを頼んで時間をつぶした。ちょうど約束の二分前に家の前に到着する。決して大きくはないが高級住宅街の庭付き一戸建てはきっと億はくだらないし、カーポートにはドイツ製のセダンが駐車されている。優馬の父がどのような職業に就いているかを聞いたことはないが、間違いなくそれなりの地位の人間なのだろうと思う。
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2. 尚人

眠れないままでいると、明け方に栄がシャワーを浴びて出ていく音が聞こえてきた。午前四時過ぎ、帰宅時間を考えれば仮眠というにも短すぎる。さすがにあれだけ釘を刺された後なので起き出すことはせず尚人はベッドの中で息を殺していた。それからしばらくうとうとして、尚人は八時過ぎに起き出す。もちろんベッドサイドのカレンダーにチェックを入れることは忘れない。
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1. 尚人

玄関から物音が聞こえた。鍵を差し込む音、ドアノブが回る音。ドアが開き、閉じるのも完全にいつも通りのタイミング。同居する恋人の帰宅だ。ベッドの中で横になっていた相良尚人はゆっくり目を開けると充電ケーブルにつないだまま枕元に置いてあるスマートフォンに触れる。午前二時四十八分。最近でいえば、まだ早い方。