32. 蒔苗、生きているアカリに触れる

 裸の背中を後ろに傾けると蒔苗の胸と密着する。蒔苗は服を着たままなのだが、夏物の薄いシャツ一枚だけを挟んでじわりと体温が伝わってくる。もちろん蒔苗にもアカリの体温が伝わっているはずだ。

 蒔苗の手を取って半ば強引に自分の体の前に回す。アカリは後ろから蒔苗の腕の中に抱きすくめられるような形になるが、当の蒔苗は落ち着かないのかすぐに手を離し、サイドテーブルのリモコンに伸ばそうとする。

「寒くないか? あと、もう少し暗くした方がいいか?」

「エアコンはこのままでいい。照明は、好きにすれば」

 もしかしたら蒔苗は、アカリの勢いに押されてはみたもののまだ躊躇しているのかもしれない。蒔苗がリモコンを操作して照明を落とすのを待って、再び腕をつかんで無理やり自分を抱きしめさせる。

 シーリングライトが薄暗くなっても、間接照明があるおかげで部屋は十分な明るさを保っている。真っ暗にされたらさすがに抗議しようと思っていたが、これくらいならむしろムードが増して歓迎だ。

「で、どうすればいいんだ?」

 蒔苗は本当にどうしたらいいのかわからない様子で、アカリのぺたんこの腹の上で両手を組んだままでいた。これではただ裸になって後ろからぎゅっとしてもらっているだけで、それでも多少の幸せ感はあるもののアカリの望むものとは程遠い。

 しかしいざこうなってみると、戸惑ってしまうのはアカリも同じだった。

 ――だって、こっちから愛撫するのはなしだよな。

 何しろ今やろうとしているのはセックスでなく「アカリのオナニーの手伝い」なのだから、アカリの側から蒔苗の敏感な場所を探して触れるのはおそらくNG。お互いにいやらしく触れ合って興奮を高めていくセックスしか知らないアカリにとっても、これは未知の領域である。

「と、とりあえず俺を気持ちよくして欲しい」

 言ってみたものの、あまりの抽象的な頼みに自分でも頭を抱えたくなる。一体どうしてこいつ相手だといつもいつも調子が狂うのか。

 しかし、蒔苗は「うーん」と唸ってから、意外にも自分から手を動かしはじめた。

「ひゃっ」

 急に動いた指先が腹筋の上を軽く滑ったかと思うと、浅くくぼんだへそをクリクリとくすぐる。その感触にアカリは思わず変な声を出して体を丸めた。蒔苗は反対側の手を今度は上に滑らせ、すっと胸を撫でたかと思うと今度は脇の下をくすぐる。

「ちょっと、なんだよそれ、なんか違っ、あっ」

 へそと脇をくすぐられ、これじゃあ「気持ちよく」じゃなくて子どものくすぐりっこじゃないかとアカリは抗議する。

「く、くすぐったい。やだそれ、やめろって」

「ふうん、明里はくすぐったがりなんだな」

 思ったより近く、耳元で囁かれた言葉にぞくっとする。耳に、首筋に、蒔苗の息がかかって、快感が背骨を伝って一気に腰まで滑り降りる。

「……あっ」

 こんな、声だけで。まさか。

 口からこぼれた恥ずかしい喘ぎ声に、カッと体が熱くなる。と同時に皮膚感覚も通常モードから性感モードへと一気に切り替わったようだった。ただくすぐったいだけだった、へそのへこみや脇のくぼみを軽く刺激する手指の動きすら、一気に快楽を導くものに変わる。

「くすぐった、あ、あっ」

 妙な声を出し腕の中でびくびくと跳ね始めたアカリを、蒔苗は肩越しにじっと観察しているようだった。

「じゃあ、こっちは?」

 脇を離れた指先がつうっと肌をなぞり、それだけでも皮膚が泡立つ気がするのに蒔苗はそのまま指先を胸元まで動かし、アカリの小さく淡い色の乳輪を円周に沿ってぐるりとなぞった。

「っ!」

 乳首は弱いポイントだ。しかし刺激はダイレクトに一番弱い場所を狙わず、快感の周辺をじりじりと弱い力でなぞり続ける。

「ちょっと、何まどろっこしいこと……」

 もどかしさに抗議の声を上げようとしたところで、蒔苗の髪のふわっとした感触がアカリの頰を撫でる。蒔苗はアカリの肩越しに後ろから身を乗り出して、自分が触れている場所をより近い距離で見ようとしていた。

「……すごいな。周りをちょっと触るだけで、色も形も変わってくる」

 一切興奮した素ぶりのない冷静な声がアカリの羞恥を掻き立て、その羞恥は回り回って性感を刺激する。

「ほら、また」

 煽られて、アカリの小さな乳首はまだ触れられてもいないのに一層色を濃くして、先端の粒を大きく硬くする。恥ずかしい、けど気持ちいい。

「いいから、周りだけじゃなくてちゃんと触って」

 堪えきれず訴えながらアカリは内心思った――変態はやっぱり、何をやらせても変態なのだと。