醒めるなら、それは夢(番外編)

ハンブルク帰郷編(2)|1956年・西ベルリン

朝起きるとシャワーを済ませ、二人分のコーヒーを淹れる。家事全般を何かとユリウスに頼りがちな毎日だが、これだけはニコにとって譲れない毎朝の日課だ。この部屋に連れてきて最初にコーヒーを淹れたとき、ユリウスは妙に感慨深そうにカップに口をつけた。その様子を不思議に思って理由を訊ねると、「ハンスが、ニコの淹れたコーヒーが美味いと言っていたから、ずっとどんな味なのか気になっていた」のだと言う。もちろんその言葉に一切悪意はないのだが、ニコはかつてユリウスの裁判について知らせるためにわざわざウィーンからやってきたハンスにひどい態度をとってしまったことを思い出して、いたたまれない気持ちになった。
雨を待つ国

19.  王殺し

急に〈少年王〉が寂しそうな顔をするので〈王殺し〉は焦った。気持ちよくうつらうつらしていたのに、眠気も一気に覚めてしまったくらいだ。一体どうしたというのだろう。満面の笑みを浮かべて〈王殺し〉を寝台の下からおびき出して一緒に食事もした。楽しそうに体を拭いてくれていたのに突然憂鬱そうな顔を見せるのがなぜなのかはわからないが、彼が自ら口にした「ひとりぼっち」という言葉に反応していることは、おぼろげに理解できた。
雨を待つ国

18.  少年王

食事を終えると〈少年王〉は、なくなっても気づかれないような古い衣服を探し出して水で湿らせると獣の体を拭き清めることにした。お湯で洗ってやれれば良いのだろうが、侍女たちに湯浴みの後の浴槽をそのままにしておいてくれと頼めば、さすがに不審に思われてしまうだろう。「冷たかったらごめん。お願いだからじっとしていて」腹がいっぱいになり眠くなったのか、床にくつろいだ獣の目は少しとろんとしているようだ。近づいて触れてもとりたてて抵抗する様子もないので〈少年王〉は思う存分その温かさを堪能することができた。
雨を待つ国

17.  少年王

その日もいつもと変わらない一日だった。人形のように体を洗われ飾り立てられてから、昼にはバルコニーに立つ。それが終わればまた忌まわしい祈りの時間がやってきて「あれ」が体中を這い回る。もちろん、雨は降らなかった。何か少しでも違いがあったとすれば、〈少年王〉が宰相も賢者たちも侍女たちも誰ひとり知らない秘密を手にしたことくらいのものだ。
醒めるなら、それは夢(番外編)

ハンブルク帰郷編(1)|1956年・西ベルリン

夜九時半。その日最後の講義が終わり、バッグに荷物を詰め込んでいると若い友人が声をかけてきた。「ニコ、帰りにみんなでビールでも飲みに行こうかって話してるんだけど、一緒にどう?」ニコは昨年の秋に念願の大学入学を果たした。