醒めるなら、それは夢(番外編)

醒めるなら、それは夢(番外編)

ウィーン再訪編(10)|1961年・ウィーン

 数時間後には出かける予定なのに、アイロンのきいた着替えのシャツは他にあっただろうか。そんな心配も、答えを見つけるよりも先にどうだってよくなってしまう。ニコもユリウスも性急な口づけを交わしながら先を争うように服を脱いでベッドの下に放り出した。  一緒に暮らすようになって何年も経...
醒めるなら、それは夢(番外編)

ウィーン再訪編(9)|1961年・ウィーン

 思い切ったように言葉を吐き出してからユリウスは目を伏せる。  まただ、とニコは思う。どれだけ許しても、どれだけ愛の言葉をささやいても伝わりきらない。いや、一度は伝わった気がしても、ちょっとしたことで自分たちの関係はまた不安定でいびつだった頃の呪いを呼び戻してしまう。  ヤマ...
醒めるなら、それは夢(番外編)

ウィーン再訪編(8)|1961年・ウィーン

「夫に?」  夫人が聞き返す。  彼女の夫であるシュルツ氏は戦時中に連合軍の空襲に巻き込まれて亡くなったと聞いている。まだ十分に心の傷が癒えてはいなかったのか、かつて部屋を借りていた頃に彼女が夫や息子たちについて詳細な話をしたことはない。いくらあれから十年の年月が流れたからと...
醒めるなら、それは夢(番外編)

ウィーン再訪編(7)|1961年・ウィーン

「ご、ごめんなさい」  反射的に謝罪の言葉を口にする二人に向かってシュルツ夫人は椅子を指し示す。その表情は柔らかかった。 「なにも叱っているわけじゃないんだから、そんなにしょげるんじゃないよ。ほら、座って」 「はい……」  ここは小さなベッドと訪問者用の椅子があるだけの、...
醒めるなら、それは夢(番外編)

ウィーン再訪編(6)|1961年・ウィーン

あのときニコは最後まで「何もなかった」と言い張った。ユリウスに呼び止められた時点でソビエト兵との間にやましいやりとりはなかったのだから嘘ではない。 だが、もしもあそこでユリウスに出会わなかったら。そしてひと気のない薄暗い路地裏まで手を引かれ、手に数枚の紙幣でも握らせられたならば――ニコは手や口を使うことをためらわなかっただろう。当時はそれがそれがユリウスへの裏切りになるという意識すらなかった。
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