醒めるなら、それは夢

醒めるなら、それは夢

80. 第5章|1950年・ミュンヘン

ユリウスは独房で目を覚ました。殺風景な狭い部屋。固いベッド。食事の配膳やたまの面会以外は他人の顔を見ることもない。だが、そんな拘置所での生活にも慣れ、最近ではむしろ心地よさすら感じる。じき裁判が行われ、刑務所に行けば大部屋暮らしになるだろう。ひとりきりの静かな生活も今だけなのだと自覚してからは、なおさらここで過ごす時間は貴重に思えてきた。
醒めるなら、それは夢

79. 第5章|1950年・西ベルリン

さんざん悩んだが、ニコは結局イレーネを訪ねることにした。連絡先はブルーノが教えてくれた。もしイレーネがレオを裏切ったというのが本当なのであればニコが会いたいと言ったところで簡単に応じてくれるはずもないだろうと思っていた。しかし電話に出たイレーネは意外にもニコの希望をあっさりと聞き入れて「あまり人目につくのは嫌だから」と、平日の昼間に自分の家に来るように言った。ニコはその日仕事を休まなければいけなかった。
醒めるなら、それは夢

78. 第5章|1950年・西ベルリン

ユリウスの裁判の話は、ニコの心の中に引っかかり続けた。彼があの恐ろしく残虐なナチ親衛隊の一員であったのは確かだし、ニコは彼が移送されてきた人々の命を選り分けている現場にすら立ち会った。罰を受けるのはある意味当たり前のことで、死刑になるわけでもないのだから気に病む必要はない。自分自身に何度もそう言い聞かせて、しかしハンスの残していった弁護士の連絡先を処分することもできないまま数日が経った。
醒めるなら、それは夢

77. 第5章|1950年・西ベルリン

シュンシュンと白い湯気を吐き出しながらやかんが震えはじめる。ニコははっとして火を止めると、コーヒーの瓶を開けた。「悪いな」差し出されたマグカップを受け取りハンスが礼を言う。結局あのまま立ち話で終わらせることもできず、ニコはハンスをアパートメントへ連れて来てしまった。ほとんど客を招いたことのない部屋にこの男が座っていることにはひどい違和感を覚える。まるで時間が三年分巻き戻ってしまったような、それは恐怖にほかならない。
醒めるなら、それは夢

76. 第5章|1950年・西ベルリン

周囲の社員が片付けをはじめるのに気づき時計に目をやると、終業時間を過ぎていた。ニコは確認途中だった原稿を封筒に戻し、机にしまうと席から立ち上がる。「お疲れさまです」あいさつをして事務所を後にしようとすると、先輩の女性社員が声をかけてくる。「ニコ、今日もこれから学校なの?」