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20. 尚人

麻布十番の駅から少し離れた場所にある喫茶店を指定して電話を切ると、尚人は大きくため息をつく。出かける前に財布の中身を確かめた。二十五歳の誕生日に栄からプレゼントされたのは本革の長財布で、人気の職人ものだから半年以上前から予約して手に入れたのだと言われた。ファッションにもブランドにも疎い尚人がその価値を正しく理解できたとは言い難いが、貴重な品を自分のためにわざわざ手に入れてくれた栄の優しさが嬉しかった。
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19. 尚人

一体何が気に食わないのかわからないが、一夜明けても栄の機嫌は直らなかった。寝室から出てくるときには既に小脇にラップトップを抱えていて、そのままダイニングテーブルに座りこむと尚人が入り込めない結界を築いた。結界――栄が家で仕事するときの状態を、尚人は密かにそう呼んでいる。
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18. 尚人

土曜日の朝、尚人は珍しく寝坊をした。なぜかといえばセットしてあるはずのアラームが鳴らなかったからだ。なぜアラームが鳴らなかったのかといえば、それはスマートフォンが充電切れを起こしていたからに他ならない。枕元で真っ暗な画面のまま冷たくなっているスマートフォンを手に、一瞬何が起こったのかわからなかった。それから端末の故障を疑い電源ボタンに指をかけると、画面には充電切れを示すアイコンが大写しになった。
死に神の名付け親(番外編)

約束までの距離

靴を脱ぐとじんわりと爪先を痺れるような痛みが包む。「そろそろまた、限界かなぁ」 ルーカスはつぶやいて、骨ばった足から勢いよく靴下を抜く。圧迫されていたせいで親指の先は薄赤く染まっていた。 半年ほど前に買った靴がまた少しきつくなった。こうなることがわかっているから大きめのものを選ん...
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17. 栄

昼には大井と山野木を帰し、しかしひとりで職場にいれば何かとやりたいことが出てくる。平日だと、ひっきりなしに鳴る内線電話に邪魔されてできない資料整理や細々としたメールへの返信など、雑務ならばいくらだってあった。ほとんどの電気製品がオフになり、冷たくなった静かなオフィスで仕事に集中することで、午前中の不愉快な出来事についても忘れようと試みた。それでも手を止めるたびに嫌味な議員秘書の顔や声がちらほらと頭をよぎり、栄は奥歯を噛み締めた。