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12. 尚人

こういうことは過去にも何度もあったのに、栄の機嫌の良さに舞い上がった尚人は今日こそは一緒に食事ができて、もしかしたらその先もあるのかもしれないという期待を膨らませすぎていた。そして膨らみきった風船に針を刺すように、たった一本の電話で尚人のプランは何もかも無に還ってしまった。
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11. 尚人

その日、仕事を終えて帰宅した尚人は玄関に栄の革靴が脱ぎ捨ててあるのを見つけた。腕時計を確認するとまだ時刻は九時過ぎ。こんな時間に帰って来ることは近年ほとんどなかった。何でもない日だったらもっと無邪気に喜んだのかもしれないが、一瞬気まずさを感じてしまったのは今朝方に栄のシャツを抱きしめて自慰をしてしまったことが頭をよぎったからだ。もしもあんなはしたない行為がばれたら、栄からは馬鹿だと思われてしまうかもしれない。不安が拭いきれない尚人はリビングに行く前に脱衣所の洗濯機を確認した。朝に脱衣所にあったものすべてはドラム式洗濯機の中で乾燥まで終わっていて痕跡は何一つ残っていない。ほっとした。
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10. 尚人

尚人は寝室で眠っていた。とても疲れていて誰にも邪魔されたくないけれど、ひとり寝を寂しく思う気持ちもある。小魚に引かれる釣竿の浮きのように眠りの浅い場所と深い場所を何度も行ったり来たりする。ごく浅い場所まで意識が浮き上がったところで、廊下を歩く足音が聞こえてきた。ひとり暮らしをしている頃は防音性の低い安いマンションで暮らしていたから、いまも尚人は自分の足音が気になって家にいるときはスリッパを常に履いている。一方の栄は「ここ、分譲だから造りもしっかりしてるし、足音なんかそうそう響かないさ」と言い張り、風呂から上がってしばらくのあいだは素足のままで家中を歩き回る。
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9. 尚人

普段より早い時間についた事務所で机に積んである書類を動かすと、昨日何かの拍子に紛れ込ませてしまったスマートフォンが姿を現した。「あー、やっぱり……」スリープ画面には着信履歴とメッセンジャーの受信履歴がずらりと並んでいる。もちろんそのほとんどは授業のキャンセルを知らせる真希絵からのものと、真希絵からの相談を受けて事務所のスタッフが連絡してきたものだった。