醒めるなら、それは夢

84. 終章|1955年・ミュンヘン

五年間は長いようであっという間だ。秋の訪れを感じるその日、ユリウスは出所日を迎えた。刑務所での生活は規則正しく、完全に管理された日々はナポラで軍隊式の生活を経験したユリウスには快適なほどだった。おかげで自分の犯したことと比べれば与えられる罰は軽すぎるのではないかとときどき罪悪感にとらわれた。
雨を待つ国

12.  少年王

首筋に生温かい獣の息が触れる。しかし覚悟したような痛みや衝撃はいくら待っても訪れず、やがて緊張の糸が切れた〈少年王〉はゆっくりとまぶたを開いた。目の前には獣がいた。おそろしい姿の獣――しかしそれは戸惑いうろたえた様子で〈少年王〉を見下ろしていた。こんな子どもをどう扱って良いかわからず困っているかのような灰色の暗い目は、よく見ると凶暴とはいえないような気もする。どちらかといえば寂しがっているような、悲しさをたたえた色。
醒めるなら、それは夢

83. 第5章|1950年・ミュンヘン

ユリウスには懲役五年の判決が下された。ニコの証言が採用された結果、戦後の逃亡については悪質性が低いと判断された。主体的ではないもののアウシュヴィッツで移送者の選別に関与したことなどから執行猶予なしの懲役刑となったが、控訴をする気はさらさらなかった。
醒めるなら、それは夢

82. 第5章|1945年・ミュンヘン近郊

ニコはただ必死だった。そしてその必死さゆえに人々はあっさりと嘘を信じた。瀕死で運ばれた彼の名前はレオポルド・グロスマン。ハンブルク生まれのユダヤ系ドイツ人で二十三歳。戦前にハンブルクでゲシュタポに連行されてから家族と音信不通になっていた兄とニコは、偶然にもダッハウで再会した。しかし、収容所解放時の混乱に巻き込まれたのかニコが見つけたとき兄はひどい怪我をして倒れていた――それが、ニコがなかば出まかせで作ったストーリーだ。
醒めるなら、それは夢

81. 第5章|1945年・ダッハウ

アウシュヴィッツを離れたニコがユリウスに連れられ数週間かけてたどりついたのはミュンヘン近郊にあるダッハウ強制収容所だった。たどり着くまでの道のりは収容所内の生活とは別の意味で地獄だった。アウシュヴィッツから鉄道駅のある街へ向かうまでの道は収容所職員と被収容者に埋め尽くされ、雪の積もる道に点々と脱落者の死体が転がった。