醒めるなら、それは夢

醒めるなら、それは夢

20. 第1章|1947年・ウィーン

「それは、何についての『ごめんなさい』なんだ?」詰め寄るとニコは再び目を伏せた。厚いまつげが小刻みに震えていることに気づき、ひどい折檻をしているような気分になったレオは舌打ちをして襟首をつかんでいた手を離す。脚に力が入らない様子のニコはそのまま力なくへたりこみ、ベッドにぺたんと座り込んだ。「まったく、どういうことだ。俺は今までおまえ自身もおまえの言うことも、完全に、無条件に信じてきたのに」
醒めるなら、それは夢

19. 第1章|1947年・ウィーン

しばらく周囲を探し回ってみたが、ニコの姿は見当たらなかった。すでにどこかの建物に入ってしまったのかもしれない。周囲は細い路地が入り組んでいて、間口の狭い店ばかりがせせこましく軒を連ねている。ただのバーに見える店もあれば、目立った場所に客引きが立ち一見していかがわしい店とわかるものもあった。だが、通りのところどころに明らかに個人で客を取ろうとしている男女の姿があることに気づいてしまえば、店を構えているだけでもまだ行儀がいいようにすら思えてくる。ふとのぞき込んだ路地裏で、酔っているのか人目もはばからず抱き合い身をくねらせているカップルを目するに至っては、心底うんざりした気分になった。
醒めるなら、それは夢

18. 第1章|1947年・ウィーン

秘密は秘密を呼び、嘘は嘘を呼ぶ。そして、ぎりぎりのバランスで成り立っていた一見平穏な生活が崩れるのはいともたやすい。ある晩レオは夜の街でニコを見かけた。ようやく週三回の占領軍回りに慣れてきた矢先のことだった。決して見間違うことない人影だが、思わず我が目を疑い時計を確認すると夜の十一時。ニコは工場で夜勤の仕事をしているはずの時間帯だ。しかも場所からしてニコから聞いていた郊外の工場地帯とは正反対と言っていい夜遊びの軍人で賑わうエリア。普段ならレオも決して足を踏み入れないような場所だが、今日は取引相手から外出先のバーまで絵を届けるよう頼まれていた。
醒めるなら、それは夢

17. 第1章|1947年・ウィーン

ニコは翌週から夜勤の仕事に出かけるようになった。レオが病院掃除の仕事から戻るのが毎日夕方の六時過ぎ。それから一緒に食事をとり九時過ぎにはニコが出かける。ニコの帰宅は朝の七時過ぎで、レオを起こして仕事に送り出してから眠りにつく。二人の生活は昼夜ほとんど裏返しで、朝晩にほんのわずかだけ一緒に過ごす時間が残されているのみだ。
醒めるなら、それは夢

16. 第1章|1947年・ウィーン

「ただいま。あれ、君また来ていたのか」帰宅したニコは、ラインハルトの姿を認めると呆れたように言った。しかし少年も負けてはいない。「もう帰るところだよ。ニコはやきもち焼きだからね」「また、訳のわからないことを言って」ニコがまともに取り合わずにいると、ラインハルトは床から拾い上げた十字架を大切そうにポケットにしまい、カバンを肩にかけた。すれ違いざまには悔し紛れのだめ押しも忘れない。