醒めるなら、それは夢

醒めるなら、それは夢

70. 第4章|1943年・アウシュヴィッツ

ニコはよろめきながら暗闇の中を歩いた。他の被収容者たちはとっくに自分たちの暮らす棟に戻りおとなしく過ごしている時間帯にひとりで外をうろうろしているなんて、看守に見つかればただではすまないだろう。しかもニコは入手経路を説明することができない食糧を手にしている。
醒めるなら、それは夢

69. 第4章|1943年・アウシュヴィッツ

いくらか眠っていたようだ。目を覚ますとすっかり日が暮れていた。ユリウスは一瞬自分がなぜここにいるのかがわからなかった。裸の体のあちらこちらが痛み、それは固いコンクリートの床の上で激しい行為に及んだからだとようやく思い出す。はっと隣に目をやると、そこには蹂躙したばかりの体が横たわっていた。そっと手を伸ばし触れると痩せた体はひんやりと冷たく、窓から差し込む月の明かりに青白く輝いて見えた。それは何度か目にしたことのある死体によく似た色で、ユリウスは一瞬自分がニコを抱き殺してしまったのではないかと不安に襲われる。
醒めるなら、それは夢

68. 第4章|1943年・アウシュヴィッツ

確かに自分の口から出た声なのに、それは見知らぬ他の人間による告白のように感じられた。目の前にいるニコの表情はこわばって、そこからは何の感情も読み取ることができない。だからユリウスはもう一度ニコの耳元に囁くように、ゆっくり、はっきりと言って聞かせる。それは同時に、ユリウスの心の奥深くにまだ往生際悪く潜んでいる許しや和解を期待する糸を自ら引きちぎる儀式でもあった。
醒めるなら、それは夢

67. 第4章|1943年・アウシュヴィッツ

声をかけるつもりはなかった。適当な理由をつけて何とか収容者名簿を閲覧させてもらい、そこからニコの居場所を探すのに一週間かかった。どうやってニコの安全を図るかは後回しに、とりあえず無事な姿を確認したかったのだ。しかし、足を踏み入れた収容エリアでユリウスが目にしたのは、不穏な雰囲気の中看守に詰め寄られているニコの姿だった。
醒めるなら、それは夢

66. 第4章|1943年・アウシュヴィッツ

「ごめんなさい、何でもないんです。ちょっとぼんやりしていて。すぐに自分の収容棟に戻ります」死にたいなどと思っていたのに、いざ叱責されれば恐怖のあまり言い訳を口にしてしまう。ニコは自分の弱さが情けなくてたまらない。しかし険しい顔の男は足早に立ち去ろうとするニコを簡単には行かせてくれない。襟首をつかんで捕まえると強い口調で問い詰めた。