醒めるなら、それは夢

醒めるなら、それは夢

45. 第3章|1940年・ベルリン

ハンブルクからベルリンへは一本の電車で行くことができる。しかも高値ではあるが特急列車を使えば二時間少々だ。別れ際に父は「体に気をつけて、休暇には戻って来い」と告げたが、ユリウスはうつむき黙ったまま列車に乗り込んだ。ユリウスが編入することになったのは、ベルリンにあるナポラ、「NPEA ベルリン=シュパンダウ」で、ベルリン西部の二つの川が交わる街に位置する。ユリウスはひとりで長距離列車に乗ることも初めてなら大都市と聞くベルリンに行くことも初めてだったのでひどく緊張した。もっとも乗り換えの心配をせずにすむだけでもまだましだったが。
醒めるなら、それは夢

44. 第3章|1940年・ハンブルク

ユリウスが「ナポラの編入試験を受けたい」と告げると、父親は「冗談を言うな」の一言で却下した。父と息子がまともに会話を交わすのは数ヶ月、いや一年以上ぶりだった。この件については、ユリウスは父親が賛成するか反対するか、あらかじめ想像することがまったくできなかった。
醒めるなら、それは夢

43. 第3章|1940年・ハンブルク

学校から帰ったユリウスに、通いの家政婦が「お父様は今日も遅くなるそうです」と伝えた。父親が早く帰ろうと遅く帰ろうとユリウスにとってはどうでもいいことだ。いや、同じ空間にいる時間が少なくてすむだけ帰宅はむしろ遅い方が望ましい。戦争がはじまり、開戦以前と比べても父の工場は忙しくなった。最近では政府の要請もあり軍需品生産のためラインを増やしているようだ。
醒めるなら、それは夢

42. 第3章|1939年・クラクフ

ニコは夢を見ていた。小学校にいたあの教頭が物差しを持って近づいてきて、逃げるニコを追い詰めると額に物差しを当てる。夢の中では彼はなぜか親衛隊の黒服を着て、左腕にカギ十字の腕章を付けている。彼はきっとまたあのときのように「君の額はアーリア人よりも狭く、それは君の脳みそが小さくて知能が低いことを示しているのだ」と薄笑いを浮かべるに決まっている。
醒めるなら、それは夢

41. 第3章|1939年・ハンブルク

一九三九年三月、ドイツは隣国であるチェコスロバキアを併合した。前年の九月にミュンヘンで行われた国際会議で英仏伊の首脳がヒトラーに譲歩した結果、まずはズデーテン地方がドイツに割譲された。それを契機に政府への不信が高まり民族運動が激しさを増す中、周辺国ハンガリーとドイツの領土的野心の板挟みになったチェコスロバキアは、結果としてドイツの従属国としてのスロバキア共和国の独立や、チェコのドイツ保護領化を許すこととなった。