サクラ踊る踊る

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第12話

これは一体どういうシチュエーションなのか。なぜ突然こんなにもうろたえた顔をして和志が助けを求めてくるのか。圭一は瞬時には理解できなかった。 「和志。ど、どうしたんだ?」 勢いと切実さに負けて、急いで家に逃げ帰るつもりだった圭一は後ずさりしながら再び和志の部屋に戻る羽目になった。付き合いは長いが、いつもマイペースで飄々としている和志がこんなに動揺しているところは一度も見たことがない。
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第11話

食事を終えて部屋に戻ると、ベッドの上には洗ったばかりとおぼしき寝具が置いてあった。 圭一の父親はまめなタイプでない。今日の朝、圭一から「今夜帰る」とメッセージを受け取って、慌てて寝具を洗濯乾燥機に放り込んでから仕事に出かけたであろうことは、皺の多いシーツと枕カバーを見ただけでわかる。久々に帰宅する息子に清潔な寝床を準備しようと思ってくれたことだけでもありがたいと素直に思えた。
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第10話

アルバイトは楽しく、しかも生活が安定したおかげで和志にすら優位に振る舞えるようになった。圭一は満たされ、そんな日々の喜びを幾重ものオブラートに包んだ上でネット上の友人である〈SHIZU〉に報告し続けた。 〈SHIZUさん、最近ほのかはお料理の練習をしていて、今日はオムライスを習ったんだよ。しかも、卵がとろとろのやつ。お店には負けるけど、かなりおいしくできて大満足〉
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第9話

「安島圭一くん、二十一歳ね。あ、居酒屋の経験あるんだ。いいね」 前のアルバイト先をクビにされた直後だけに緊張して臨んだ面接だったが、そんな言葉であっさりと圭一は採用された。 三十代後半の夫婦二人で切り盛りする小さなカフェは落ち着いた雰囲気で、これまで圭一が務めたことのある職場のどことも異なった空気に満ちているが、それは決して嫌な感じではない。
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第8話

圭一は五分に一度のペースで「パラダイスカフェ」を開いて新着メッセージを確認しては「0件」の文字にがっかりすることを繰り返した。 自分が馬鹿みたいなことをしているというのはわかっている。十六歳の女の子になりきった恥ずかしい文面で、成人男子としてはこの上なく幼稚で情けない悩みを見知らぬ相手にぶつけてしまった。しかもそんなメッセージを送るだけでは飽き足らず、そわそわと返事が来るのを待ちわびている。まったく救いようがない。