こぼれて、すくって

こぼれて、すくって

第6話

そして日も暮れ、インド料理店で夕食をすませたふたりは羽多野のたっての希望によりパブでビールジョッキを傾けていた。丸一日、夕食まで付き合ってやったあげくにまだ……と思わなくもないが、プロの注ぐきめ細かくもったりとした泡の乗ったビールを思い浮かべると誘いを断る選択肢はなかった。 大使...
こぼれて、すくって

第5話

そして土曜の朝、栄はクローゼットの前で小一時間頭を悩ませた。 あくまで羽多野は「過去の仕事関係者」で、本日の用件も「せっかくロンドンに来たのだからお茶の一杯でも」程度の話に過ぎない……少なくとも栄はそういうつもりでいる。だったらビジネスを貫きスーツで出かけるべきか。しかし休日に職...
こぼれて、すくって

第4話

国際電話だからか雑音混じりのくぐもった音声ではあるが、その声が誰のものかはすぐにわかった――いや本音を言えばわからないふりをして切ってしまいたかったのだが、電話交換手が口にした「保守連合の議員視察」という単語が栄を惑わせる。 最後に会ったのはまだ梅雨の頃だったか。偶然保守連合の本...
こぼれて、すくって

第3話

その週の木曜は英国政府主催のカンファレンスに招かれていた。特に発言を求められる立場ではなく、ただ傍聴席に座って話を聞いているだけという、要するに今の栄にとっては一番気楽な類の仕事だ。 急に予定が空いたからと、この日は同じ経済部に所属する|久保村《くぼむら》も急遽栄に同行した。一緒...
こぼれて、すくって

第2話

仕事を終えると英会話のレッスン、もしくはジムのプールでひと泳ぎ――そういった予定もない日はまっすぐ家に帰る。少し歩けば日本人観光客も多く足を運ぶ有名デパートや、大ヒットドラマのオープニングシーンにも使われた街角など目を惹く場所はいくらだってある。 だが、仕事も十分にこなせていない...