雨を待つ国

雨を待つ国

16.  王殺し

なにしろ奇妙な光景だ。記憶の中から少しでも似た映像を探してみると、浮かんでくるのは故郷の村にいたころに牛馬や羊といった家畜が体を洗われている様子。それでもまだ動物たちは快不快を表情や動作ではっきりと表現していたものだが、五人を超える侍女たちにかこまれて、湯船の中で身をすくめている〈少年王〉は完全に黙り、うつむき、萎縮している。
雨を待つ国

15.  王殺し

たくさんの人々が遠慮のかけらもなく部屋に入ってくる。こんな場所に獣が潜んでいることは決してばれてはならないと思い〈王殺し〉は寝台の下で床に腹をつけ、息を殺して様子をうかがった。「おはようございます、陛下」「よく眠れましたか?」口々にかけられる挨拶の言葉に対して〈少年王〉の返事は聞こえてこない。決して口数が多いわけではないが〈王殺し〉には盛んに声をかけ、朗らかに笑っていたのが嘘のように、彼は沈黙を守っていた。
雨を待つ国

14.  王殺し

温かな重さで〈王殺し〉は目を覚ます。窓の外はうっすらと明るくなっていて、ほんのひと眠りするつもりが熟睡してしまっていたようだ。顔を上げて重さを感じる方向へ目をやると、〈少年王〉が獣の黒褐色の毛皮に包まれた体に覆いかぶさるようにして眠っていた。全体的に硬くごわついた体の中で唯一柔らかなしっぽを枕代わりにすやすやと寝息をたてる少年の姿はひどく無防備で幼く見える。しっぽをそよそよと動かし白い頬をくすぐってやると、その口元は何やら楽しい夢を見ているかのように少しだけ緩んだ。
雨を待つ国

13.  王殺し

廊下を曲がった先で〈少年王〉に出くわしたとき〈王殺し〉はとんでもなく動揺した。まさか王が夜中にひとりで廊下をうろついていようとも思わなかったが、何より驚いたのはそのたたずまいがあまりにも儚かったからだ。月の明かりに照らされた少年は、昼間に|豪奢《ごうしや》な衣装をまとってバルコニーに立っていた不安げな姿と比べてもずっと弱々しく疲れ果て、それこそ夜の風に溶けて消えてしまいそうに見えた。
雨を待つ国

12.  少年王

首筋に生温かい獣の息が触れる。しかし覚悟したような痛みや衝撃はいくら待っても訪れず、やがて緊張の糸が切れた〈少年王〉はゆっくりとまぶたを開いた。目の前には獣がいた。おそろしい姿の獣――しかしそれは戸惑いうろたえた様子で〈少年王〉を見下ろしていた。こんな子どもをどう扱って良いかわからず困っているかのような灰色の暗い目は、よく見ると凶暴とはいえないような気もする。どちらかといえば寂しがっているような、悲しさをたたえた色。