雨を待つ国

34.  王殺し

だが、冷たい感触がふたつ、みっつと続くにも関わらず〈少年王〉のことで頭がいっぱいになっている〈王殺し〉はすぐには気づかなかった。先に声を上げたのは広場に集う人々の方だった。突然鳴りだした北の塔の「鳴らずの鐘」に呆気にとられていた彼らは、自分たちの顔をぽつぽつと水滴が打ちはじめると驚き、天を仰いだ。「雨だ……」
雨を待つ国

33.  王殺し

王宮の中庭、中央あたりに薪が積み重ねられているのが見える。そのすぐ隣にはまだ寝かされた状態の、木を組んで作った十字架が置いてある。人が火刑に処されるところなど見たことない〈王殺し〉だが、その十字架が何のためのものなのかは容易に想像できた。自らの首に刃を当てた〈少年王〉の鬼気迫る勢いに負けて〈王殺し〉は牢獄を後にした。もはやあの少年自身は生き延びたいという希望を持っていないこと、何より彼のために周囲の人間が傷つけられることを嫌っている。そんなこと百も承知だ。それでも〈王殺し〉はあきらめきれずに王宮の敷地内に留まった。
雨を待つ国

32.  少年王

「ずいぶん長い間お世話をさせていただきましたが、陛下がこんなにお|転婆《てんば》だったとは気づきませんでしたよ」腕ごと上半身をロープでぐるぐる巻きにされた〈少年王〉を一瞥して、筆頭賢者は悩ましげなため息をついた。首筋の傷は浅いが、応急処置的に巻かれた包帯には血が滲んでいる。獣が去ると〈少年王〉は約束どおり自分自身を傷つけることをやめてナイフを床に落としたが、すっかり警戒を強めた衛兵隊長により身動きできないようきつく拘束されてしまった。
醒めるなら、それは夢(番外編)

ハンブルク帰郷編(3)|1956年・西ベルリン/ハンブルク

「聞いてない」次の休日の朝、ニコの真意を知らされたユリウスは大いに驚き、それから不機嫌になった。一緒に出かけたいと思わせぶりに言われて、平静を装いながらもとても楽しみにしていたのだ。同じ部屋で暮らしはじめてからも日々の生活に追われ、ゆっくり二人で外出することなどなかった。休日だってニコはほとんど家か図書館で勉強していたし、ユリウスもニコのやりたいことを一番に優先したかったから特に不満があったわけではない。だが、ようやくデートのようなことができるとなれば、それはそれで心踊った。
雨を待つ国

31.  少年王

牢の中がうっすらと明るくなってきた。夜が明けようとしている。やがて外が騒がしくなり〈少年王〉は迎えが来るのだろうと覚悟を決めた。「僕はもう大丈夫だから、あの扉が開いたら逃げるんだ。わかったね?」牢番の死体に気づけば人々は今度こそ獣をただではおかないだろう。逃げるなら一瞬の隙をつくしかない。〈少年王〉は強い言葉で何度も言い聞かせるが、獣は不服そうな表情のままでいる。だから〈少年王〉は両手を伸ばして鉄格子越しにぐっとその首を抱き寄せ、ごく近い距離からその目をのぞき込んで念押しをした。