醒めるなら、それは夢

37. 第2章|1939年・ハンブルク

「今日の午後、急に兄さんが連れて行かれたんだ」震えながら事情を説明するニコの言葉はほとんど耳に入ってこなかった。もやのようにおそろしい想像が渦を巻き、ユリウスの頭の中ではっきりした形を作ろうとしている。「――それで、危険だからって」
恋で死ぬ。かもしれません

9. 蒔苗はセックスがしたい(らしい)

コントのようにパイプ椅子から転げ落ちたアカリに「どうしたんだ急に」と蒔苗が助けの手を差し伸べる。まさか原因が自分にあるとはこれっぽっちも思っていない態度だ。「いや、いいんじゃないですかね。セックス」よろめきながら椅子に座り直し、アカリは言う。
恋で死ぬ。かもしれません

8. 対話の可能性

一体、何が起こっているのだろう。なぜ俺は今、こんな真夜中の映写室で、蒔苗と二人きりで互いの性癖について話をする羽目になっているのだろう。アカリ自身、これまで性志向についてはそれなりのマイノリティに属するのだと思って生きてきたが、やはり世界は広い。この一見地味で目立たない無個性な大学生である蒔苗がなんと「屍体愛好者」だというのだ。死体に欲情する性向自体は聞いたことがあったが、正直アカリはそれをフィクションの世界のものだと思い込んでいた。
醒めるなら、それは夢

36. 第2章|1939年・ハンブルク

ユリウスはその晩、熱を出した。頬の腫れはたいしたことはなくすぐに引いたが、精神的なショックの影響なのか熱が下がらず翌日からは学校を休んだ。多少の風邪や腹痛では休むことを許してくれない父親もさすがに高熱にうなされる息子をベッドから引きずり出すようなことはしなかった。ユリウスはひたすらベッドの中で悪夢にうなされた。夢にはいくつものパターンがあり筋書きは目を覚ますとすぐに消えてしまうが、どれも結末は同じだ。しかも結末だけは目覚めた後もしっかりと生々しく頭に残りユリウスを苦しめる。
恋で死ぬ。かもしれません

7. 蒔苗聡の秘密

蛇ににらまれたカエル状態のアカリは、リュックを後ろから引っ張られたまましばらく硬直していた。しかし、いくら待っても蒔苗がそれ以上のアクションを起こさないので不思議に思いそっと振り向く。いた。いや、そこにいるのは当たり前なのだが、たった今までスプラッタ映画の惨殺シーンを観ながらオナニーに耽っていたとは思えない、一切の後ろめたさすら感じさせないいつもどおりの能面ヅラで、そこには蒔苗が立っていた。