醒めるなら、それは夢

26. 第2章|1935年・ハンブルク

ナタリーがドイツを離れることになった。想像もしなかったといえば嘘になる。普段なら夕食の片付けを終えたらすぐに帰ってしまうナタリーが、遅くまで残って父親と話をしているのをこのところよく見かけた。何か良くないことが起こりはじめていることには気づいていたが、ユリウスは怖くて自分から確かめることができずにいた。「ユリウス坊ちゃん、たいへん申し訳ありませんがナタリーはお暇をいただくことにしました」
醒めるなら、それは夢

25. 第2章|1934年・ハンブルク

一九三四年の九月にユリウスとニコは揃って進級した。そして、進級してから最初の一ヶ月の間にユリウスは教員控え室に三度呼び出された。「なんでおまえはすぐに暴力を振るうんだ。幸い怪我がなかったからいいが、椅子なんか投げて当たりどころが悪ければ大変なことになるぞ」教師の呆れ果てたような言葉に、ユリウスは悔しさを殺すようにぎゅっと拳を握り締める。だが「なんで」に答える気などさらさらない。
醒めるなら、それは夢

24. 第2章|1933年・ハンブルク

学校から帰ると部屋に投げるようにカバンを放り込みまたすぐに出て行く。その背中にキッチンからしゃがれ気味の声が追いかけてくる。「ユリウス坊ちゃん、どこに行くんですか? おやつは?」「いらない、ニコのところ」せっかく準備してくれていたナタリーには悪いが、週の半分はこの調子だ。買ってもらったばかりの新しい自転車にまたがりユリウスは脇目も振らずニコの家に向かう。
醒めるなら、それは夢

23. 第2章|1930年・ハンブルク

その日、ユリウスは初めて船を見た。ずっと遠い、黒い森と呼ばれる場所から長いこと列車に揺られ、途中で父親の運転するオペルに乗り換えた。車に乗せられた時はいつもそうだが、やはり気持ち悪くなり、道中何度も運転を止めてもらっては路肩でげえげえと吐いた。胃の中身をすべて吐き尽くしてもまだ苦しくて、痙攣する胃から出てきた酸っぱい液体だけを涙を流しながら吐き、最後は疲れて眠ってしまった。目を覚ますと嘘のように気分はすっきりして、車窓の景色には港と大きな船。
醒めるなら、それは夢

22. 第1章|1947年・ウィーン

ずっと悩まされているあの痛みが頭の奥でくすぶりだした。こいつの話を聞いてはいけないという、それはほとんど本能的な感覚だ。レオは男の体をぐいと押し返し、距離を取ろうとする。「悪いが俺はあんたのことは知らない。前にも人違いだって言っただろう!」さっきより強い言葉で牽制すると、男は口だけでにやりと笑ってレオの怒りをなだめるようにポンポンと肩を叩いた。