醒めるなら、それは夢

16. 第1章|1947年・ウィーン

「ただいま。あれ、君また来ていたのか」 帰宅したニコは、ラインハルトの姿を認めると呆れたように言った。しかし少年も負けてはいない。 「もう帰るところだよ。ニコはやきもち焼きだからね」 「また、訳のわからないことを言って」 ニコがまともに取り合わずにいると、ラインハルトは床から拾い上げた十字架を大切そうにポケットにしまい、カバンを肩にかけた。すれ違いざまには悔し紛れのだめ押しも忘れない。
醒めるなら、それは夢

15. 第1章|1947年・ウィーン

長いウィーンの冬もいつかは終わる。仕事を終えて病院を出ようという夕方五時になっても日は沈みきっておらず西の空はまだほんのりと明るい。寒さはまだまだ厳しいものの一番辛い時期ほどではなく、ここのところ気温が零度を下回る日は少なくなってきた。 日照時間の短さは人の心身に多分な悪影響を与えると聞く。北に行くほどメランコリーやアルコール依存症が多いというのもあながち嘘でもないだろう。真冬の頃からレオ自身、とりわけ天気が悪くなる前などは偏頭痛に悩まされることが目立つようになった。
悩める童貞と魔法のカップホール

そして、はじまりの朝

絶対に眠ったりしないと決めていたのに、ハッと意識を取り戻すと、窓からは朝陽が差し込んでいた。そして、絶対に離したりしないと決めていたのに、俺の腕の中は空っぽだった。 最初に聞かされたルールのとおり、俺の妖精は帰っていってしまった。 最後の夜が終わり、もう二度と俺の前には現れない。
醒めるなら、それは夢

14. 第1章|1946年・ウィーン

クリスマス当日、レオは普段どおりに仕事に出かけた。クリスマスだからといって病気や怪我がなくなるわけでも入院患者が回復するわけでもない。当然ながら病院の掃除は必要だ。とはいえこういう日には軽い症状で病院を訪れるような人間は減るものだし、ある程度元気な入院患者の中には一時帰宅をして家族と共に祝祭日を祝おうとする者も多い。外来も病棟も閑散とすれば当然レオの仕事も普段より少なくなるので、いつもより二時間早く仕事を終えることにした。
醒めるなら、それは夢

13. 第1章|1946年・ウィーン

レオとニコは思わず押し黙った。男の告白はあまりに唐突で、そもそも見知らぬ他人に明かしていいようなこととは思えない。一方で、普通はとても口にしないようなことをこうして口にしてしまうこと自体が彼の動揺の大きさを物語ってもいた。 「声が大きいですよ」 レオが警告すると、男ははっと口をつぐんだ。ラインハルト少年はぐっと唇を噛んで下を向き、子どもながらに必死で屈辱に耐えているような素振りを見せた。