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64. 未生

回線の切れた電話を未生は呆然と眺めていた。昨日はいつも通りに待ち合わせて尚人と寝た。帰宅するのも面倒だったので未生はそのままホテルに泊まって、二限の授業に間に合うようちょうどいましがた自宅へ着替えに戻ったところだった。
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63. 栄

「栄?」黙ったままの栄に、尚人が落ち着かない視線を向けてくる。笠井未生、という名前を聞いてすぐに浮かんだのはパーティ会場で挨拶を交わした若者の姿だった。続いてあのときの未生の奇妙な態度を思い出す。最初にパーティ会場の場所を訊ねてきたときにはそんな素振りすら見せなかったのに、名刺を渡した途端に栄に見覚えがあるのだと言い出した。いま思えば不自然この上ない行為の意味を、栄はようやく理解した。
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62. 尚人

窓から差し込む光に目を覚ます。真横に人の姿を認め一瞬未生かと思うが、それは一年以上ぶりに同じベッドで眠る恋人だった。どうやらほんの数ヶ月のあいだに尚人の中の「当たり前」はすっかり捻れてしまっていたようだ。バスルームでひどく抱かれた後で、栄の寝室でもう一度。さすがに体の反応も鈍くなり一方的な行為には苦痛しかなかった。最後の方は記憶すらおぼろげだ。
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61. 尚人

バスルームの床に裸で四つん這いになり、腰を高く掲げる屈辱的な格好をさせられたまま尚人は目を閉じきつく唇を噛んで耐えていた。「本当に、前はセックスなんか全然好きじゃないって感じだったのにな、ナオ」「あ……っ」
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60. 栄

寒さのせいか動揺のせいか、尚人の指はもたつきボタンを外すには苛々するほど時間がかかった。水を吸って見るからに重くなったコートとその下に着ていたスーツの上着をまとめて袖から抜くと、まるで殻を失った貝のように頼りない姿が現れる。