心を埋める

心を埋める

94.  未生

 十分余裕をもって帰宅したつもりだったが、未生はどうやら時間を読み間違えてしまったらしい。玄関で尚人と出くわした瞬間は心臓が飛び出しそうなほど驚いた。せめて顔や態度に出なかったことを祈るばかりだ。未生はほとんど尚人を直視することなく、声をかけることもせずになんとかその場をやり過ごした。同様に一言も発することなく出て行った尚人が何を思っていたのかは知るすべもない。
心を埋める

93.  尚人

話を続けるうちに優馬の表情は明るくなり、言葉数も増えていった。そんな変化を見ているだけで、尚人は勇気を出してここにやってきた意味があったのだと思えた。「じゃあ、僕はそろそろ。また話しに来てもいいかな?」「うん……」
心を埋める

92.  尚人

とりあえずいまは余計なことを考えず、優馬に会いに行く。尚人はそう決めた。すでに担当を降りた身なので事前に冨樫に話を通しておくべきかは悩ましかったが、話が複雑になりそうだしそもそも優馬が会ってくれるかもわからないので、やめておいた。尚人からの突然の電話に笠井真希絵は驚いていたが、一度訪問したいと伝えると快諾してくれた。電話口での短いやりとりだけでも真希絵が優馬の状態に心を痛めていて藁にもすがりたい気持ちでいることは伝わってきた。
心を埋める

91.  尚人

「うん、おまえに会いたがってる人がいるって」栄は迷わずそう続けたが、尚人にはその意味するところがわからない。もしかしたら病院で出くわしたときの反応を妙に思われ、栄の母親に自分たちの関係が感づかれたとか。そんな不安すら頭をよぎった。
心を埋める

90.  栄

未生のことをやり込めてやったはずなのに、気持ちはひどく疲れていた。家に着いたところで何もやる気にはなれないことがわかっていたから、栄は帰りに弁当屋に寄った。着たままのスーツに皺が寄ることも気にせずソファに横たわってぼんやりしている栄を見つけて、帰宅した尚人は不安そうな表情を見せる。