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74.  栄

胃潰瘍と過労のため栄は一週間入院した。おまけのように精神科からは適応障害の診断書までもらい、投薬と安静に務めつつ退院後も一か月間は休職して様子をみるように、というのが総合的な医者の判断だった。倒れた日の晩に嫌というほど睡眠をとっただけでも見違えるように体調は良くなった。しかし仕事のことを考えるとなんとなく胸のあたりが重くなり、思っていた以上に自分が追い込まれていたのだと栄も認めざるをえない。
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73. 未生

羽多野が出て行って少し経ち、両親もそれぞれ寝室に入る音がした。父と顔を合わせる可能性がなくなったので、未生はようやく一階に降りて風呂に入った。髪を乾かし水を飲んで、二階に戻ったところで廊下にぼんやりと経っている白っぽい影に驚き思わず立ち止まる。だが、それはもちろん幽霊でもなんでもない。
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72. 未生

帰宅した未生が玄関のドアを開けると、父のものとは異なる革靴が揃えてあった。見覚えのある黒のストレートチップ。リビングに向かって耳を澄ますと父の不愉快な声に混じって羽多野の低い声が聞こえた。父を送ってきたか、何らかの用事で呼び出されたかのどちらかだろう。
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71. 栄

笠井、という名を聞いて強張った笑顔を浮かべた尚人が気まずそうに出ていくと、部屋には栄と羽多野の二人だけになった。わざわざこの男が笠井家の関係者だということを尚人に伝える必要などなかったのに、なぜあんなことを言ってしまったのだろう。栄自身にもよくはわからない。
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70. 尚人

尚人が栄からのメッセージを受けたのは夕方、その日最後の生徒の家に到着してからのことだった。――病院まで着替えを持ってきて欲しい。唐突に送られてきた文面の意味がわからず、しかし病院という単語からは不穏な空気しか感じ取れない。生徒が問題を解いているあいだに少しだけ時間をもらって栄に連絡を取ることにした。