こぼれて、すくって

こぼれて、すくって

第16話

喉のあたりを締め付けられたような、胸を強く押されたような感覚に息が詰まる。突然羽多野から投げつけられた言葉は完全に栄の虚をついた。 いや。でも――栄は心を落ちつけようとする。 尚人と笠井未生が付き合っているとしたって、まったくの想定外というわけではない。尚人の心はずっと栄への情と...
こぼれて、すくって

第15話

突然セックスが怖いなどと言われて驚いたのか、羽多野は不思議そうに栄の顔をしばらく見つめ、何度か瞬きしてから聞き返した。「怖いって、失敗するんじゃないかって意味で?」 失敗、というのは要するにいざベッドに入って勃起しないとか、中折れしてしまうとかを指すのだろう。別の不安の方がより大...
こぼれて、すくって

第14話

「……はぁ!?」 冗談にしても悪趣味すぎる言葉に、思わず口の中の酒を一気に飲みこんでしまった栄は激しくむせる。 アパートメントの共有部分の清掃や日中に届いた荷物の預かりなど管理業務を担うコンシェルジュは初老の女性で、栄とは会えば挨拶を交わす程度の関係だ。しかしここに居座るようにな...
こぼれて、すくって

第13話

土曜日も羽多野はひとりで出かけていった。申し訳程度に栄にも一緒に行くかと声をかけてきたが、断ると深追いはしてこない。 栄は午前中に近所のカフェで英語のレッスンを受け、帰りに広場のマーケットで買い物をした。夏野菜が減り秋の野菜や果物やキノコが売り場を埋め尽くしているのに季節を感じる...
こぼれて、すくって

第12話

もちろん貴重品の置いてあるキャビネットの中身に何ら異変はなかった。そもそもこちらで使わない、例えば印鑑や証書類は実家に預けてきた。外交旅券は職場に置いてあるので、家にある貴重品と言ったところで普段持ち歩かないクレジットカードや数本の腕時計くらいだ。 さすがに泥棒扱いするのはうがち...