こぼれて、すくって

こぼれて、すくって

第66話

羽多野はゆっくりと目を見開き、それから視線を下に向けた。「……どうして君がそれを」 表面的にはそこまでの動揺はない。死期が近いことを知っていたからか、それとも栄の手前なんとか感情を堪えているのか。昨日リラから連絡を受けて以降、どのタイミングでどう伝えるべきか悩んでいただけに、栄と...
こぼれて、すくって

第65話

こともあろうか羽多野はそのままにらみをきかせる栄の前をそしらぬ顔で通り過ぎてマンションに入っていく。あわてて後を追うと、オートロックを開けようと伸ばした手を止めた羽多野は目も合わせないまま拒絶の言葉だけを吐く。「悪いけど、人を上げられる状態じゃないから」 けんかをする気で来たわけ...
こぼれて、すくって

第64話

アラームをかけずにベッドに入った栄が翌朝目を覚ましたとき、すでに日は高く昇っていた。 飛行機では眠れない性質なので長時間フライトを起きたままで凌ぎ、さすがに疲れたので横になればすぐに眠れるだろうと思っていたところに「あの電話」。完全に目が冴えた。つらつらと愚にもつかない考えごとを...
こぼれて、すくって

第63話

久しぶりの日本――といっても、栄が英国赴任のために羽田空港を飛び立ってからはまだ半年も経ってはいない。 懐かしいというほどの感慨はないが、そこらを歩き回っている人々がほぼ全員日本語を話していることに奇妙な違和感がある。ロンドンでは道ゆく人の言葉ほとんどが集中しないと意味を取ること...
こぼれて、すくって

第62話

「……それを、未生くんに?」 住所でも電話番号でもいいから羽多野の連絡先を調べて欲しい――栄からの頼みを聞いた尚人の返事は明らかに困惑していた。「第一どうして急に、未生くんのお父さんの元秘書の人の居場所を知りたいだなんて。あの、お見舞いの人だよね?」「事情はどうだっていいだろ、と...