こぼれて、すくって

こぼれて、すくって

第51話

幸い、週が明ければすぐに羽多野のことを考える余裕もなくなった。赴任当初から準備を進めていた日英共催の経済シンポジウムの開催が近づいたからだ。栄にとっては赴任以来はじめての大きなイベントであったため不慣れな部分も多く、上司である参事官や近い分野を担当する久保村、トーマスにもずいぶん...
こぼれて、すくって

第50話

その日、仕事を終えた栄は界隈でも一番大きな百貨店に行って婦人服と子ども用品以外すべてのフロアを順番に見て回った。もちろん目的は買い物ではない。家に帰るのが怖かっただけだ。 誰も栄のことなど見ていないし気にかけていないにも関わらず何も買わずに店をでるのに気がとがめて、閉店間際に立ち...
こぼれて、すくって

第49話

人前で泣いたことがないとは言わない。尚人の裏切りを知ったときにも悔しさと情けなさに涙は滲んだ。でもまさかこんな場所で、こんな男のために。自分でも信じられない気分だがあふれる涙は止まらない。 羽多野はもう栄に触れようとはしなかった。代わりに降ってきたのはすべてをあきらめたような声だ...
こぼれて、すくって

第48話

栄の激しい叱責の言葉に羽多野がぐっと唇を噛んだ。動じない男の信じがたい反応、答えなどそれだけで十分すぎる。 心のどこかではまだいくらか期待していたのかもしれない。羽多野がすかさず「元妻がロンドンにいることなど知らなかった」と断言し、自分の過去について話さなかったのは間違いだったと...
こぼれて、すくって

第47話

「なんのためって……」 取り繕うような表情を浮かべて羽多野は一度首筋を掻くような仕草を見せた。動揺しているのは間違いなく――だが羽多野はこの状況になってもまだ栄の様子を伺っているのだろうと思った。栄が何を知っていて何を知らないのかを観察して、出方を探ろうとしている。つまりまだ栄を...